ペンキ画家ショーゲン日本人のひみつとは?アフリカシャーマンの教えについて

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日本人には、世界を救うほどの”ひみつ”があるって本当?

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ペンキ画家のショーゲンさんが、滞在していたアフリカの小さな村で、日本人が本来持っていたちからについて教わったことを伝えられています!

参考書籍↓↓

ショーゲンさんは、街で偶然見つけたペンキアートに衝撃を受け、勤めていた会社を退職し単身アフリカへ渡られました。

滞在していた人口200人ほどのブンジュ村で、幸せとは何か、どうしたら人は幸せに生きられるのかを、村人みんなから教えてもらったのだそうです。

なんと、それは村のシャーマンが代々伝えてきた日本人の生き方そのものだというのであります。

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それでは、ペンキ画家のショーゲンさんが教わった”日本人の不思議なちから”についてお伝えさせて頂きます。

ペンキ画家のショーゲンさんについて、こちらの記事でも紹介しています↓↓
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幸せの3か条

ブンジュ村には”幸せの3か条”というものがあるのだそうです。

幸せの3か条
  1. ご飯が食べられることに幸せを感じられるか
  2. ただいまと言ったら、おかえりと言ってくれる人がいるか
  3. 抱きしめられたら、温かいと感じられる心があるか

ショーゲンさんはこの3か条に当てはまるなら、村に住んでもいいと言われたのだそうです。

わけがわからないまま、とりあえず「はい」と答え、村に住むことを許されたショーゲンさんですが、想像以上に深い意味を持っていたことに、村で暮らしていくうちに気付いていったのだそう。

この3か条には、”日常の小さな幸せにちゃんと気付く”という意味が込められていたのです。

ショーゲンさんの村での体験は、日本で暮らす私たちがすっかり忘れてしまっている感覚を呼び覚ましてくれます。

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2日前のお昼ご飯、何を食べたか思い出せる?

ある時、村長に「2日前のお昼ご飯、何を食べましたか?」と尋ねられたのだそうです。

ショーゲンさんは必死に思い返しても思い出せなかったとのこと・・・

そんな彼を見て、「ショーゲンにとって、食べるということは作業だったんだね」と村長。

そして「食事が作業になったとき、生活そのものも作業になるから気を付けたほうがいい」という言葉のあとで、彼が2日前のお昼ご飯は村長の家族と一緒に食べていたことを告げられます。

村長は一緒に食べていたにもかかわらず、「ショーゲンはそこにいなかった」と言い放ちました。

彼の心が今そこにあるのか、ということを村長は見抜いていたのです。

目の前で今食事をしていることではなく、先のことを考えていたりしてその場に心がいないこと、それは”そこにいないと同じ”なのだそうです。

普段忙しく生活していると、同じようなことが私たちにも起こります。

先のことや過去のことをあれこれと考えて、今自分がご飯を味わっていることに集中しない、とてももったいないことではないでしょうか。

”ご飯を食べられることに幸せを感じられる”、今ここに自分がいると感じることができる大切な感覚なのであります。

「その一瞬一瞬を味わい、感じるということが、生きるということだよ」と村長は教えてくれたのだそうです。

ブンジュ村の先輩は日本人⁈

ショーゲンさんはよく村の人に「日本人なのにどうして?日本人なのに不思議だね」などと言われていたのだそうです。

ある日ショーゲンさんは村長から、ブンジュ村は日本人の教えを受け継いでいると聞かされたとのこと。

村長の亡くなったおじいさんは、村でご祈禱などの神事を行うシャーマンだったのだそう。

そのおじいさんが夢の中で時空を超えて日本人と交信し、いろいろ教わったというのであります。

(ショーゲンさんによると、交信していた日本人は縄文人だったらしいです)

シャーマンのおじいさんは言っていたそうです。

『日本人こそがおれたちの先輩で、真の※アニミズムなんだ。自然災害が来ないように自然に対して手を合わせるという心がみんなの中にある。

地球上で、虫の音がメロディーとして聞こえる、虫と会話できる稀有(けう)な民族が2民族だけいて、それが日本人とポリネシア人なんだ。』

※アニミズム→人間以外の生物を含む、木や石など自然の中のすべての物のなかに魂が宿っているという思想や信仰のこと。

夢の中で日本人から教わった生き方を、村で実践していたとのことなのです。

かつて日本人は世界中で一番、自然から愛されていた人種だったのだそう。

自然ととてもいい距離感で向き合い、小さな虫の音にまで耳を傾けるほど、ものすごく心に余裕がある人たちだったと村長は教えてくれたそうです。

当時心に余裕がなかったショーゲンさん、日本人なのにどうして?と言われていた意味がようやくわかったと語られていました。

ショーゲンさんの決意

ショーゲンさんは、村長から言葉をもらい何かスイッチが入った感覚になったそうです。

”日本人として生きていく”

そんな決意のスイッチです。

村長の言葉↓↓

『虫の音がメロディーとして聞こえる、会話として聞こえる、その素晴らしさは当たり前じゃないからね。

なんでそういう役割を日本人が与えられたのか、ショーゲンはもう気付いてるでしょ?

幸せとは何か、本当に大切なことは何か、それがすでに日本人はわかっているからだよ。

だからそれを伝えていく役割が日本人にはあるんだ。

そのことに気付いて欲しくて、ずっとずっとショーゲンに語ってきたんだよ。』

そして村長は彼にこのように言ったそうです。

『日本人の血の中に流れる素晴らしい記憶を呼び起こしてね』と・・・。

この言葉をもらったとき、ショーゲンさんはそうなると決めたのだそうです。

虫の知らせ

日本人の生き方がお手本となっているブンジュ村ですが、日本人を含む外国人が村を訪れたことは一度もなかったのだそうです。

そんな村の人たちが知っていたという日本語が『ムシノシラセ』とのことなのであります。

ムシノシラセは、世界で日本語のまま使われているのだそうです。

日本では”虫の知らせ”は、誰かに不幸があったときなどに使われているイメージですが、ブンジュ村では”自然からのメッセージ”という意味で使われているとのこと。

村では日本人は虫と話ができるほど五感が研ぎ澄まされていて、自然と繋がっていると信じられているのだそう。

ある日ショーゲンさんが道を歩いていると、てんとう虫が肩にとまったことがあったそうです。

てんとう虫が日本人であるショーゲンさんを選んでとまったと、村の人々は喜び感激して、涙を浮かべる人までいたとのこと。

その後、子供たちから虫に言葉を託して友達のところへ飛ばして欲しいと頼まれるということがあったそうですが、ショーゲンさんはそれはできないと伝えたそうです。

子供たちは「日本人なのに⁈日本人なのにできないの⁈」とがっかりしていたのだそう・・・。

それでも村では日本人の感性を日本人以上にリスペクトして、期待してくれているとショーゲンさんは語られていました。

村長が教えてくれた、ゆとりを取り戻す方法

子供たちからがっかりされたショーゲンさんを見かねた村長が、ゆとりを取り戻す方法を教えてくれたのだそうです。

それは、まず裸足で土を踏みしめること。

人間は自然から生まれてきたので、土を踏みしめることで人間らしさを取り戻せるのだそうです。

村長いわく※アーシングの感覚が一番冴えていて、研ぎ澄まされていたのが日本人だっだとのことなのであります。

※アーシング→身体と地球(大地)を繋げること。

”裸足で大地に立ち、空を見上げる、そして虫の音に耳を傾ける”そうすれば日本人本来の記憶を取り戻せると、村長は教えてくれたのだそうです。

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自然に触れること、自然を感じて身体をゆだねることが大切なのですね。

終わりに

ショーゲンさんはある夜、村長から言われたそうです。

この世が滅亡するときは、日本人に虫の音が聞こえなくなったとき、自然と対話できる人がいなくなったときに、地球の崩壊が始まると・・・。

今こそ私たち日本人は心に余裕を取り戻して、小さな虫の音に耳を傾けることを思い出すときなのかもしれません。

誰かのためではなく、まず自分のために自然と繋がり愛を感じることです。

そうすることが、いつか世界を救うことになるのかもしれないのであります。

自分を大切に自分の人生を生きることが、周りの人たちの幸せにも伝わっていくというのが、日本人をお手本にしているブンジュ村の生き方でもあります。

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まずは、空を見上げるところから始めてみましょう!

私たちの身体には間違いなく、自然から愛されていた記憶がDNAに刻まれているのであります。

最後までご覧頂きありがとうございました!